電車とバスの博物館

長らくブログを放置しておりまして申し訳ありません。
考えてみると今年初めての記事です。
お立ち寄りくださいまして、誠にありがとうございます。
もう5か月も過ぎてしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

======

過日、川崎市宮前区にある、東京急行電鉄株式会社(東急電鉄)の「電車とバスの博物館」(参照URL:http://www.tokyu.co.jp/museum/)に行ってきた。
東急田園都市線宮崎台駅に直結していて、館内は親子連れで賑わっていた。

見所はたくさんあるけれど、今回まず印象に残ったのは、上の「デハ3450形」。
1931〜1936(昭和6〜昭和11)年に製造された「モハ510形」の形式が、1942(昭和17)年に変わったもので、1989(平成元)年まで当時の東横線目蒲線で走っていたものだそうだ。
カット電車本体よりも、その前に設置された、主電動機やブレーキ装置、車輪、ばねが組み込まれた台車部分のリベットが黒光りしていて大変美しく、心惹かれた。周囲の機械類との組み合わせも相俟って、久々に見事なリベットを見たなあ、と心から満足した。

電車には乗ることができるだけでなく、運転席に入ってレバーを操作し、電車の前に置かれた主電動機を起動させたり、紐を引っぱってチン! とベルを鳴らしたり、マイクを使って車掌アナウンスを体験したりすることもできた。一人当たりの時間が決まっていて、それを計るために砂時計が置かれているのが小粋だ。
ほかにも運転の真似ができる電車が複数あったが、あまりに並ぶ列が長いものはパスした。


パノラマシアターでは、パノラマ映像の上映を見ることができた。
ふだんは薄暗いパノラマ空間に灯りがつき、館員さんの説明とともに様々な電車等の映像が映し出され、鉄道模型が時代に関係なく同じ空間を走り、行き交う。
かつて各電車に乗ったときのことなども多少、胸をよぎった。
映像上映の開始時間は最初に確認しておくといいかもしれない。


バスは電車に比べるとあまり心惹かれないのだけれど、行先の電光表示の展示まであるとは思わなかった。



さてここまでは本館の話だが、いったん外に出て、道を渡った所に別館がある。
ここを忘れてはいけない。


別館には、リーフレットの表紙に使われている電車が置かれていて中に入れるほか、本物のYS-11機(日本で最初のターボプロップ(タービンエンジンでプロペラを駆動する)形式の中型輸送機。戦後、官民が一体となって開発した国産飛行機)のコックピット(操縦席)を使用した、フライトシミュレーターがあるのである!
これが思いのほか面白い。テレビでしか見たことのないYS-11機は予想外にこぢんまりしているのがまず驚きだった。
比較対象物がないと大きさはわからない、というのは、昔、宇多田ヒカルのデビュー曲「Automatic」のプロモーションビデオを観たときにも感じたことだ。

コックピットも狭く、前面には窓ガラスを除いて天井近くまでびっしりと計器やスイッチ等が並んでいた。かの松本零士が漫画に描いていた、黒地に白い円と細かな目盛、針がついているいわゆる「松本メーター」っぽいものもたくさんあるのが時代を感じた。お好きな方はそれだけでも興奮できるのではないか。なお、この機体は1988(昭和63)年1月まで国内各地を飛んでいたそうだ。

シミュレーションは隣りに指導員さんがついてくださるので、安心して体験できる。
窓ガラス越しに見える滑走路やら空やら島やらの絵を眺めながら操縦桿を押したり引いたり回したりするのは、結構わくわくした。

別館には図書室もあり、鉄道関係の本や雑誌が、かなり古いものを含めたくさん置いてあった。ディアゴスティーニ社のものまであるとは思わなかった。
古い鉄道雑誌をまとめて探したりするのにはたいへん便利そうだ。



これだけ楽しめて、飲食可能エリアでは自販機でアイスも売られていて入場料は百円、なんと良心的なのだろう。
そして、わりとコンパクトな空間にいい具合にいろいろなものが展示されているのにも感心した。


左の写真はかつて奥沢駅にあったという頬杖(ほおづえ)(方杖(ほうづえ)のこと)。ホームの上屋を支えていたそうだ。瀟洒アラベスクがたまらない。
説明には「頬杖」とあり、それは『もう頬づえはつかない』の方だよなたぶんと思ったけれど、この字も使う模様。