S字曲線

過日、上野の東京国立博物館(平成館)に「皇室の名宝展--日本美の華(1期)」展を見に行った。
1期は本日3日までで、4日〜11日は展示替え、12日からは正倉院の宝物や書・絵巻の名品中心の展示になる模様。

伊藤若冲(1716〜1800年)の絵が本当に良かったのだが、そこに至るまでにも、「唐獅子図屏風」(右隻:狩野永徳安土桃山時代16世紀)・左隻:狩野常信(曾孫。江戸時代17世紀))、テレビで何度か見た「萬国絵図屏風」(安土桃山時代〜江戸時代 17世紀初期)など見入るものがあった。


・「唐獅子図屏風」 圧倒的に右隻の狩野永徳作のものが良かった。二頭のうち特に左の唐獅子のたてがみの渦巻が、焦茶・薄茶・金の三層からなる非常にカクカクしたものであって、絵具の盛り上がりによる立体感や絵全体の迫力を増していたのに驚いた。本物を見ないとカクカク感はわからない。「シナモンロール! シナモンロール!」と連呼してしまった。形の相似のみならず、そのくらいおいしそうだったのだ。


・「萬国絵図屏風」 本当に北海道がなかった。世界のさまざまな民族衣装の男女の中に、長い縮れ髪の怪しげな着物姿の女性もいた。もし日本人が描いたなら、イエズス会による指導があったのだとしてもこのへんはきちんと日本での姿に直しても良かったのに、とも思わなくもないが、実は髷に対する抵抗感の表明だったりして。よく見るといろいろな都市の城か教会っぽい建物が描かれている。


伊藤若冲動植綵絵」(江戸時代1757-1766年) 相国寺に寄進した仏画で、縦長の絵が全部で三十幅。草木、花、虫、魚もあるが鳥が殊に印象的だった。彩色の精緻さにも目を見張ったが、今回注目したのはS字曲線。
鶏、鳳凰、鶴など、尾や首が長くうねっている鳥は全身を描くだけで自然にS字曲線になりうるのだが、若冲の絵では、「頭〜胸〜脚」の曲線と「尾〜腹〜脚」の曲線ともう一羽の「頭〜腹〜脚」の曲線、というように、一つの絵の中に複数のS字曲線(逆S字曲線も含む)が存在していて、それが構図をたいへん躍動感があるものにしていると感じた。
「薔薇小禽図」では、鳥ではなく紅白の薔薇がS字を描いていて、琳派の絵の流水のようだ。
S字曲線にばかり気をとられて、大事なものを見落としている可能性もあるのだが、興奮抑えきれず。

さらに、左上または右上に太陽だの白いイカだの色みが違うものがちょこんとあって、自然に視線が斜めに落ちるようになっている絵もいくつかあった。
カルメンもしくはドラマ『プライミーバル』の主人公の奥さんヘレン」を連想した「大鶏雌雄図」、白い羽の裏から黄土色を塗って金色を表し、クリスマスカラーの尾のハート形や、目・口がめちゃめちゃ色っぽい「老松白鳳図」、「薔薇小禽図」、蓮の葉のデザインがおもしろい「蓮池遊魚図、雪も鳥も垂れている「芦雁図」が特に心に残った。


円山応挙「旭日猛虎図」(江戸時代1787年) 堂々としていつつもどこかかわいかった。作者が猫の「とらこ」(名前は勝手な思いつきです)とか飼っていそうな雰囲気。


鏑木清方「讃春」(昭和8(1933)年) 左隻の清洲橋が美しい。


上村松園「雪月花」(昭和12(1937)年) 私は「簾をかかげて看る」派。


・工芸では並河靖之「七宝四季花鳥図花瓶」(明治32(1899)年)の黒地にピンクの桜と緑のモミジの対比、清風與平(せいふうよへい)「旭彩山桜図花瓶」(明治38(1905)年)の淡い桜色などが良かった。



本館の展示も久々に見た。特別展関連展示「大和絵屏風の伝統」の「悠紀・主基地方風俗歌屏風」は、カタログを見て初めて、それらの屏風が、天皇即位後初の新嘗祭すなわち大嘗祭豊明節会(とよのあかりせちえ)(近代以降は大饗の儀)において、それ用の宮殿(仮設)である大嘗宮の殿舎である悠紀殿(ゆきでん:東側)、主基殿(すきでん:西側)で使われるものだと知った。


(引用開始)

悠紀、主基とは、神に供える新穀を奉納するため卜定によって選ばれた国を指し、悠紀国は京都を中心にそれ以東の国から、主基国は以西から選ばれる。
(中略)
この節会に欠かせないものの一つが「悠紀・主基地方風俗歌屏風」(通称「悠紀主基屏風」)である。選ばれた悠紀国と主基国の名所景勝地を和歌とともに屏風に描き表すものである。近代以後は、大嘗祭の後に行われる大饗の儀が古来の節会にあたり、悠紀主基国屏風はこの大饗の儀の場において、中央の両陛下御座の左右に飾られる。
(本展カタログ『御即位二十年記念特別展 皇室の名宝--日本美の華 一期:永徳、若冲から大観、松園まで』168頁より引用。引用終わり)

平成度は悠紀地方が秋田県、主基地方が大分県だったそうだ。見落としてしまった可能性もあるが、このような説明が大きな説明板としてあるとよりありがたかったと思う。

本館の展示ではほかに、西郷隆盛大久保利通の書が堂々とした達筆で驚いた。勝海舟の書は意外と繊細な感じだった。
本館や表慶館も併せて見ると、本当にオリエンテーリング並みに歩くことになり、健康にもいいと思った。

(参考サイト)
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=6890
2期は12日からだそうだ。